東京・渋谷の宮下公園の野宿者たちが追われようとしている。桑原敏武・渋谷区長は6月の区議会で同公園の命名権をナイキジャパンに売却し、秋にも全面改修することを明らかにした。着工が始まれば野宿者たちは住み続けることができなくなる。彼らの声を聞いた。
路上からテントへ。それは野宿者たちが生きるためにたどる、ひとつの道だ。宮下公園で野宿して2年になる通称「フジイ」さん(63)は「路上で寝るのは、本当に大変。アスファルトは硬く、寝ると全身が痛くなる。また、通行人に危害を加えられる可能性が高い」と話す。テントには寝床があり、公園は路上に比べると安全だ。トイレや水道もある。家を失った野宿者にとって街は生きにくい砂漠だが、公園は生きていけるオアシスなのだろう。
しかしそのオアシスはまもなく、渋谷区とナイキによって消える。区によると、宮下公園の命名権をナイキに年間1700万円で10年間に渡って売却する。公園の全面改修費も全額ナイキ側が負担する。
渋谷区の計画では、公園南側スペースにスケートボード施設、中央にロック・クライミング施設といった有料施設を新たに設け、遊具などのある北側スペースは、誰でも利用できるオープンスペースとして残す。また、バリアフリー化し、エレベータも新たに設置する。
以前から、区役所には「怖くて公園に入れない」というような苦情が寄せられていた。宮下公園が「一等地」にありながら、市民がふだんから活用できるような場になっていないことは確かだろう。渋谷区土木部の小沢明彦課長は「区単独の全面改修は無理だ。命名権を売却し、明るく安心してみんなが利用できる公園を作りたい」と話す。命名権を売ることで公園が「きれい」になり「便利」になれば、多くの人たちにとって「幸せ」だろう。
【右写真:宮下公園のテントの中の様子。中央に机が置かれ、そのまわりに座布団が敷かれている。中には、冷蔵庫が置かれている部屋もある。】
では、野宿者への対応は。小沢課長は「野宿者は公園を不法占拠しているというのが、区の考えだ。着工前には退去してもらうしかない。その際、自立支援センターへの時限的な入居を勧める予定だ。病気の人は病院に、仕事ができる人には仕事を自分で探すように促したりして、アパートに移っていただくことになる」と説明する。
野宿者を支援する人たちは反発している。その1人、中郡千尋さん(28)は「自立支援センターは、既にいっぱいだと聞いている。宮下公園の野宿者たちは入れるのだろうか。そもそも野宿者の多くは中年や高齢者だ。自立支援センターに入って自力で仕事を探せといわれても見つからず、諦めて野宿生活に戻り、路上で暮らさざるを得なくなる人もいる」と反論する。
6月13日、命名権売却に反対する「みんなの宮下公園をナイキ化計画から守る会」が主催する野宿者や会社員、フリーターなど約130人によるデモが渋谷であった。守る会の植松青児さん(48)は「公園の一部が有料化することになり、無料のスペースが減少する。もっとも影響を受けるのは、公園の野宿者だ。彼らは他に行く場所がない。野宿者が存在するかぎり、公園は社会全体のセーフティーネットとして必要だ」と訴えている。
オヤジさんは、宮下公園を退去させられた後はどうなってしまうのかと、不安な様子だ。「鳩に餌をやり、野宿仲間と馬鹿話をする。そして生活に必要なだけ金を稼ぐ。そんな今の生活が大切だ。自立支援センターはこの近くなのか。今の仕事は続けられるのか。友人とはこれからも連絡が取れるのだろうか。」
そして、顔をこわばらせてこう語った。
「今後もし路上生活に戻るようなことがあったら、死んだ方がましだ」
(2009年6月と7月に取材)
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※この記事は、2009年前期のJ-School講義「ニューズルームE」において作製しました。