東京・渋谷の宮下公園の野宿者たちが追われようとしている。桑原敏武・渋谷区長は6月の区議会で同公園の命名権をナイキジャパンに売却し、秋にも全面改修することを明らかにした。着工が始まれば野宿者たちは住み続けることができなくなる。彼らの声を聞いた。
【ナイキ公園」の完成予想図。現在あるフットサルコート以外に、スケートボード施設とロック・クライミング施設ができる。】
JR渋谷駅から線路沿いに数分歩き、階段を上ると高台に宮下公園がある。緑のけやきの葉と青いテントが目に入る。
2009年の初夏。ここには約30人の野宿者が住んでいる。公園にはフェンスが建てられている。野宿者が増えるのを防ぐためという。夏になると暑くて中に居られないこともあるというテントは、野宿者の増加防止に立てられたフェンスの合間をぬって、まるで湧き出たかのように広がっている。
「早く説明がほしい」。野宿者の1人、通称「オヤジ」さん(60)は困惑した表情を浮かべていた。ここに住みついて10年。6月末に区役所の職員が来て、来週中に公園の整備計画について説明すると言ったが、2週間経っても説明が無い。「ここに荷物がある。近くで仕事もある。突然出て行けと言われても困る」とつぶやく。
新聞などで宮下公園の命名権が売却され、「ナイキ公園」になるという話が出ていることは知っている。支援団体からも教えてもらった。工事が始まる前には出て行かなければならないだろうと、半分あきらめもついている。でも、納得できない。
「本当は、ここを出て行きたくない」。オヤジさんは言う。24年前に大阪を離れてあちこち転々として、この公園で初めて「安定した暮らし」を得たからだ。
オヤジさんが私に語った話。
――どうして、ここに来たのですか?
高卒で大阪の鉄鋼関係の企業に就職した。営業の仕事などをして17年になろうとしていた頃、ギャンブルで作った1000万円の借金を返済できず、夜逃げ同然で家を捨てた。借金が増えたのは、ある時競輪で数百万円儲けたことがきっかけだ。これは遊んで暮らせると考え、借金をしてギャンブルをするようになり、返済できなくなった。自己破産も考えたが、それ以来仕事が一切できなくなるかと心配で、できなかった。
その後、舞鶴でパチンコのホール係の仕事をしてから岐阜でビルの配線をする電気工事関係の仕事をし、貯金を貯めた。電気工事関係の仕事はいくらでもあり、金には困らなかった。そこで遊び癖が戻り、仕事を辞めて街をぶらつくようになった。貯金はすぐに底をついたが、どこかに行けば、仕事は見つかると思った。しかし、甘かった。結局仕事は見つからず、横浜スタジアム付近で野宿をするようになった。その後東京の渋谷に移り、2年ほど駅前で野宿をした。
――路上での野宿生活は?
過酷だったね。捨ててあるタバコを拾って吸い、コンビニのゴミを漁り賞味期限切れの弁当を食べる、そんな一文無しの生活をしばらく続けた。それから、食わなければいけないと、野宿仲間がしている古本を回収して売る仕事を、見よう見まねで身につけた。食えるようになったある時、知人が宮下公園のテントを出るというので、そこを明け渡してもらうことにした。着替えなどの荷物を持ち歩き、寝る場所を宛ても無く探す必要は無い。雨に降られても居場所がある。テント生活は、最高だった。