リーマン・ブラザースの破綻から早一年。マスメディア各社は連日、世界的な経済危機を報じている。しかし100年に一度の経済危機と言われるこの時期に、メディアが本来果たすべき役割を、彼らは全うできているだろうか。経済危機においてメディアが担う使命とは・・・。
もっとも、今回の経済危機について私が問題と考えるのはむしろ日本の経済メディアだ。最大の問題は、どうも日本の状況についての正確な理解が欠如しているように思えることだ。日本はアメリカよりも深刻な状況に陥っている。よく「100年に一度」、「大恐慌に匹敵する」といわれる今回の経済危機だが、実を言うと鉱工業生産指数でみる限りアメリカの落ち込み方は大恐慌ほどひどくはない。それに対して日本は、すでにして大恐慌時よりもひどい。最近は若干持ち直しを示しているものの、それでも相当に悪い。たとえばバリー・アイケングリーン(カリフォルニア大学バークリー校)とケビン・H・オルーク(ダブリン・トリニティ・カレッジ)が1929年からの大恐慌と現在の経済指標の落ち込み方を比較してみたところでは、アメリカの場合大恐慌ほどひどくなく、むしろ日本のほうがひどいという(A Tale of Two Depressions)。
なぜ金融危機が起きず、サブプライム関連の金融資産の損失も少ないといわれている日本でこういう状況なのか。よく外需依存型だからだという。だが日本の国内総生産(GDP)の圧倒的部分はいわゆる内需である。それにもかかわらず、なぜ日本のGDPの伸び、すなわち経済成長は外需に依存するようになったのか。ここには興味深い疑問があり、本来ならばジャーナリストの好奇心をくすぐるはずである。
なお、神門氏も指摘するように、メディアの責任を問うことは学者・識者を免責することではない。それどころか、学者・識者の認識不足・意見対立・機会主義的行動は重大な問題である。ことに経済危機に関連して最近では経済学の「失敗」を問う意見も高まっている。イギリス女王が昨年11月にロンドン・スクール・オブ・エコノミクスを訪問した際に「なぜ誰も信用収縮を予測できなかったのか」という質問をしたという。女王にとっては気軽な質問だったのかもしれないが、経済学者としては放置できないことになったのだろう。今年7月にイギリス学士院の経済学者たちが公開書簡を発表し、それがまた話題になっている(BRITISH ACADEMY)。
経済危機における経済学の役割、あるいはその「失敗」、そして経済危機が経済学に対して最終的に教える教訓は何か。あるいは政策形成そのものに経済学に限らず専門知が果たすべき役割は何か。こういうときに出てくるのは専門知の全面否定論である。しかし、これもまた極論ではある。経済学は確実に役に立っている部分があるからだ(私自身の考えは一部「経済学にも『危機』の教訓」『日本経済新聞』7月6日朝刊で述べた)。これらは興味深い疑問であり、ジャーナリストの好奇心をくすぐるはずである。こうした好奇心を質の高い記事に結びつけることがジャーナリストに期待されているところである。
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