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生物学とアート、そして生命 ~研究者の心の旅

生物学とアート、そして生命 ~研究者の心の旅

「バイオリズム」をうたった占いや、雑誌の記事を読んだことのある人は多いだろう。少し疑似科学的なその言葉とは別に、生物は、誰に教えられることなく各々に特有の形を作り、そして固有のリズムを持って生きている。その生物が持つ固有のリズム=概日性を、構成的手法を用いて研究する一方、生命の奥行きを芸術により表現する。そんなユニークな研究者の思索の森を、ほんの少しだけ垣間見る機会を得た。

大山聡美
8.3.2009
自と他のあいだ~私はほんとうに「私」?

「再生技術が発展して、記憶を含めた個体の再生が完全に可能になったとき、『今』に対する捉え方は変わるでしょう。さらに『自』と『他』の区別も曖昧になるかもしれない。たとえば、映画『攻殻機動隊』で知られる押井 守さんがやっているようなことがそうですね。そのとき近代的な自我、個人の考え、パーソナリティを基礎付けているものが変わってしまうかもしれない」

 岩崎准教授は、同時にこう付け加えた。

「SF的な面も大事ですが、すこしエクストリーム過ぎる傾向もあります。実際に私たちは圧倒的なテクノロジーを、ただ圧倒的に受け入れているわけではない。試験管ベビーの技術がいつしか日常化したように、私たちは『慣れる』ための可塑性を持つものではないか」

 たしかに私たちは、科学技術を財として消費する歴史を繰り返してきた。その高度な可塑性こそが、科学技術に対する理解の障壁にはなっていないだろうか。

「その通りです。ただ、『学ぶ・慣れる』ことにより理解の障壁を乗り越えるのも、同時に可塑性があるからだという感じもします」

 漠然と考えるのは、このような思想的な問題で、可塑性について適切に論じることの難しさだという。「時がたてば人間はかなりのことに慣れていく」と考えると、問題は先送り化されて議論にならないが、その側面を考慮しないと議論が慌しくなり、極論に傾きがちになる、と語る。どちらが適当なのか悩ましいと述べ、危機管理を重視する立場からは後者のほうがよさそうだが、としながら論を締めくくった。

 議論は思索の森を歩きつつ、遺伝子工学から科学史、そして「生命」を扱うがゆえの哲学的な思考まで多岐に渡った。それはつまり既成の学問の枠には留まらない、岩崎研究室で扱う学問の複合的な要素と、その深遠さを表すものだろう。今日もそこでは理工学部の院生と、美大出身の芸術家が共にあって、岩崎准教授と共に「生命」の概念の探求を続けている。


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デスクの上にプチトマトを発見。活動に没頭する合間に簡単につまめるのが魅力だという。そんな岩崎准教授の夢は「葉緑体人間になって、光合成をすること」。


トップ画像:切り絵作品の1つ。繊細なパターンが黒い紙に刻まれる。作る際には模様もさることながら、作品の「手触り」に気を使うという。(提供:岩崎秀雄准教授)


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*この記事は、09年前期のMAJESTy講義「科学コミュニケーション実習1A」において、吉戸智明先生の指導のもとに作成しました。