「バイオリズム」をうたった占いや、雑誌の記事を読んだことのある人は多いだろう。少し疑似科学的なその言葉とは別に、生物は、誰に教えられることなく各々に特有の形を作り、そして固有のリズムを持って生きている。その生物が持つ固有のリズム=概日性を、構成的手法を用いて研究する一方、生命の奥行きを芸術により表現する。そんなユニークな研究者の思索の森を、ほんの少しだけ垣間見る機会を得た。
始まりは大学生のとき、生物の「体内時計」という概念と出会ったことだった。
「最初は科学史的なことに興味を持ちました。生命は混沌としたもののはずなのに、そこにリズムを見るのがなぜ面白いのかという興味ですね。ある意味つまらない規則的なものを、なぜ重要だと主張するのかと」
だが調べてみると面白さを感じた。その概念が含む生物学としての色合いの面白さ、重要性に目覚めたからだという。その後、時計遺伝子*の研究と並行して科学史的探求を行い、生体内のリズムを探るうちに、動的な生命の営みを理解するための生物学、構成的生物学に学究領域が広がってきた。
生命という広大な概念は、科学的に解明される面ばかりではない。自然科学から見ての「生命」と同時に、他の面からの「生命」を多角的に研究すること、そしてサイエンスとアートの境界線に興味を持ったという。そのため、現在の研究室は生物学、人文社会学、そしてアートをできるだけ同時に追求できる環境を目指している。
生命の現象を、遺伝子やたんぱく質によるネットワークとして再構成したり、新たな機能を創る構成的生物学。その必然的な帰結は「生命を創ること」であるという。今後どのような論議を生む可能性があるだろうか。
「構成的生物学は、それゆえに文化、社会と関連を持ちます。ただし今の生物学の現実では、人間は大掛かりなインフラを作ることができる一方で、細胞ひとつ作ることすらできない」
とはいえ生命科学の発展は目覚しく、細胞の「パーツ」作成が可能になった今、いずれ生命が作られる日がくるのも全くのお伽噺とは思えない。
「生殖医療などの先端科学と同じく、その発展の先は必ず倫理的問題をはらみます。それに伴って死生観、人間観が変わることもあるでしょう」
社会の人間観、とりわけ死生観は宗教、文化などと関わってきた。では科学が死生観に影響を及ぼすのは、どのような理由からだろうか。
*時計遺伝子:概日リズムの基本振動の発生機構を構成する蛋白質をコードする遺伝子。概日性を司る。