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筑紫哲也氏追悼シンポジウム(4): アカデミズムとジャーナリズム

筑紫哲也氏追悼シンポジウム(4): アカデミズムとジャーナリズム

 ここからは、第二部「変容するメディアとジャーナリズムの使命」の内容をお届けする。
 アカデミズムとジャーナリズムの関係を、「干物」と「生もの」の関係に例えた姜氏。会場からは、笑いが起こった。

編集:高橋嵩、孫巍、元ヨンア
2009.7.31
アカデミズムは「干物」、ジャーナリズムは「生もの」

田原 ジャーナリズムとはいかなるものでしょうか。立花隆は権力にまとわりつくシラミみたいなものだと言いました。権力にまとわりついて、批判するものだと。

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 僕は、アカデミズムというのは、基本的に「干物」の世界で、ジャーナリズムは「生もの」の世界だと思っています。

 ガルブレイスが『大恐慌』で書いていますが、幸せのときにはみんなが騙されていた。そうした時代には、「騙されているかもしれない」ということを発言する人が必要になります。それが、アカデミズムの仕事の一つだと思います。

 我々は、「干物」を扱っています。政治学や政治思想史は、ある意味では「干物」で、それは、普通は誰も見向きもしないのだけれども、歴史の大きな激変期には物凄く役に立つんです。

 例えば、「昭和初期の時代における大恐慌と今と、どこがどう違うか」をアカデミズムは語ることができるのです。

 

ミドルマンとなる、「一夜干し」の増幅を

金平 ジャーナリズムというのはある種のコミュニティで、いろんな人たちが色んな事をいいあう、広い世界だと思っています。アカデミズムもそうだと思います。お互いが足を引っ張ってはいけないのでしょうね。

 

 今必要なのは、アカデミズムをジャーナリズムに転嫁させる「ミドルマン」、間に立つ人だと思うんですね。僕もその一人になりたい、と個人的には思っています。やっぱり、アカデミズムがジャーナリズムにどういう貢献できるのか、ということを考えたいのです。

 

道傳 先ほど姜先生が仰ったように、アカデミズムが「干物」で、ジャーナリズムが「生もの」だとすると、もう少し「一夜干し」みたいな方に増えていただきたいと思います。

 

田原 それを言うならば、NHKが「一夜干し」かな(会場、笑) 「干物」と「生もの」の間だから。

 

 僕は「一週間干し」がいいですね。(会場、笑) つまり、もしかするとジャーナリズムの問題をジャーナリズムだけで話していても、もうラチが明かないのかもしれないのです。

 今の100年に1度、起こるか起きないかという、戦争にも等しいような臨戦態勢に入る経済的な恐慌の時代で、やっぱりアカデミズムは「干物」の知識を総動員して、これをジャーナリズムとの接点で多くの人に発信しなければならないと思います。

 

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