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筑紫哲也氏追悼シンポジウム(5): メディアの危機は新聞・テレビが構造的に変化するチャンス

筑紫哲也氏追悼シンポジウム(5): メディアの危機は新聞・テレビが構造的に変化するチャンス

はたして、日本のジャーナリズムは縮小してしまうのか。今後のジャーナリズムに求められるものとは。

編集:高橋嵩、孫巍、元ヨンア
2009.7.31
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本当に必要なジャーナリズムは縮小しない

田原 現在のメディアの危機的状況は、質を高めるチャンスであるという意見があります。金平さん、どうですか?


 


金平 公共空間と言うんですかね。例えば、MTVやMLB専門チャンネルばかり見ていると、それはその人の欲求や嗜好には沿ったものになるかもしれないけれど、人間としてはとてもいびつな形になってしまうと思います。


 やはり、テレビの地上波や新聞というのは、「公共性に資する」というところが一番最後の生存の拠り所だと思ってます。そして人間である限り、その公共的空間は絶対無くならないと思いますね。


 


田原 しかし、アメリカの新聞が軒並みピンチだという状況がある。ニューヨークタイムズなどの新聞が、これから復活する可能性はあるんですか?


 


金平 私は、新聞の役割というのはなくならないと思います。


 


田原 なくならなくても、縮小されて行くんじゃない?


 


金平 でも、発信する人というのはジャーナリストである限り、ネットで自分のコラムを書いたり、放送にもどんどん出るし、アカデミズムの世界に足を伸ばしたり、色々と自分が発信する場を確保して行っている。これはジャーナリストとしてあたり前のことですよ。


 結局、最後に残るのは、本当に必要な人だけじゃないでしょうか。


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