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筑紫哲也氏追悼シンポジウム(1): 筑紫さんと私―金平茂紀氏/姜尚中氏/道傳愛子氏

筑紫哲也氏追悼シンポジウム(1): 筑紫さんと私―金平茂紀氏/姜尚中氏/道傳愛子氏

筑紫哲也氏追悼シンポジウムの第一部は、「『筑紫哲也』考」としてスタートした。
シンポジウムの始めに、筑紫哲也氏との関わりや人となりなどについて、金平茂紀さん、姜尚中さん、道傳愛子さんが語った。

編集:田中善之、松村みどり
2009.7.31
筑紫さんは、ある種のアマチュアに徹した人だと思います―姜尚中氏

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 筑紫さんとはいろんな関係がありましたが、テレビ番組が中心でした。対談本などで何度かゆっくり話をしたこともあります。僕はある雑誌で、田原さんと筑紫さんを比較してみました。刀に例えて言うと、田原さんは最初から抜き身なんですね。出会った時には抜き身で構えてくるようなところがある。しかし、筑紫さんはなかなか刀を抜いてくれない。なかなか抜いてくれないので、人によっては竹光ではないかと邪推とされることもありました。筑紫さんは刀を抜かないで、こちら側にある種の武装解除をさせてしまうところがありました。

 だから、ジャーナリストとしてのパーソナリティとしては、田原さんはどちらかというと直線的で、抜き身で真っ向勝負をやる。筑紫さんはそうではなくて、なかなか抜かない。性格の根幹として、筑紫さんはある種のアマチュアに徹した人だと思います。これは新聞記者を蔑むわけではありませんが、全然「ブン屋」という感じがしなかった。これは朝日にいるころからそうだったのではないかと思います。筑紫さんという方は、越境的に、いつでもアマチュアとして、様々な領域にスッと入っていける人だったので、僕はそこが羨ましかった。

 さっき、野次馬的ということが言われていましたが、野次馬的という言葉には、多義的な意味があります。今のメディアが抱えている大きな問題は、「メディアが事件の当事者になってしまう」ことが多いということです。例えば、田原さんの番組によって内閣がピンチに陥ったりする。

 メディアの当事者性と客観性ということで言うと、「野次馬的」とは、寸止めで当事者にはならないことです。徹底してある物事につきながらも、メディアが当事者になっては報道が成り立たない。そのあたりの距離のとり方を、筑紫さんから少し学んだ気がします。そういう点で、筑紫さんは柔軟で強か、越境的な人、教養人であったと僕は思います。

 

田原 教養人ですね、なるほど。筑紫さんは「田原は北風、僕は太陽」と仰っていた。


姜尚中(かん・さんじゅん)
東京大学教授。1950年熊本生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。
西ドイツ・エアランゲン大学留学後、明治学院大学講師、国際基督教大学準教授を経て、現在、東京大学情報学環教授。
専門は政治学・政治思想史。現代アジア外交問題等についてメディアで積極的に発言する。著書に「ナショナリズムの克服」「在日」「愛国の作法」など。