ワールド会館。60年にもおよぶ中野北口新仲見世商店会の歴史を見守ってきた商店会の影の主役であり、住人にとっては、「他人」の象徴でもある。
ワールド会館前。私有地であるために駐輪は交通整理の対象にならない。昼間は人気がない。(2008.7.15-13:50, 筆者撮影)
ワールド会館の中を歩いた。地下は5店のスナックと、1店のDVD店が入っている。日中も階段が暗くて、踊り場は黒白チェック柄の床で水漏れ受けのバケツが1つとその回りに黄ばんだ新聞紙が数枚敷いてある。バケツの水も黄色く濁っているようだ。人気がしたので地上に駆け戻った。2階はバーやカラオケスナックが数店入っていて、中からこもった演歌の歌詞が流れてくる。3階へ続く階段はホコリにまみれて灰色になった電子機器や自転車、イス、ガラスなどが置かれて封鎖されている。そこに黄色い布をかけた木製の飼育カゴがあり、中に小さな豚のような生き物のお尻が見えた。布を上げて見ると、子犬大の毛のないネズミが赤目で音もなく私を睨んだ。
階段を降りると、「森田建設グループJR環境『日環HOUSE』」と書かれたワールド会館地上階の扉の前で、グレーのTシャツに青いサンダルを履いている、長身でにきび顔の青年が座ってタバコを吸っていた。私は彼の前を少し通り過ぎてから、引き返して、話しかけた。
「すいません、日本語わかりますか」
「あ、あ......少し」
タバコと日本語と戸惑いで口が落ち着かない青年に、私は質問を投げ続けた。韓国人ですか、日本語を勉強していますか、どうして日本に来たんですか――。
「日環HOUSE」は韓国人学生寮だった。タバコを吸っていた青年は日本語学校TOPA21の学生ノ・ジュン・ソクさん(男性、24)。将来日本で働くために日本語を勉強しているそうだ。扉の前で私が30分ほど話し込んでいると、寮から出ていく者、寮に帰って来た者、男女合わせて7人ほどと知り合いになった。いずれも日本語学校に通っている20代の韓国人で、「日環HOUSE」は韓国の日本語専門学校(「学院」と呼ばれている)で紹介されたらしい。家賃は月々5万から6万円。ピンクのTシャツにデニムのショートパンツをはいたキム・チョ・ロンさん(女性、24)は私を終始じっと見つめながら、「日本人ともっと話したいです」「日本はビールがおいしいです」「日本人のオジサンとあそこでビールを飲みました」と言って女友達と楽しそうに思い出し笑いをして、うなぎ串焼き屋「川二郎」を指さした。「ここは住みやすいですか」と聞くと、「はい、住みやすいです」と即答するアニメーション会社勤務の韓国人男性(27)。「日本人は好きですか」と聞くと、「はい、とても好きです」と答えるボイラー会社に勤める韓国人男性(28)。
日環HOUSE前にて韓国人学生たち。写真中央右がタバコを吸っていた青年ノ・ジュン・ソクさん(24)、写真中央左が日本のビール好きの女性キム・チョ・ロンさん(24)、写真右がその友達(24)、写真左がアニメーション会社勤務の男性(27)。みんなはじめは恥しがったがカメラを向けるとまんざらでもなくなった。(2008.7.15-17:30)
60年経てば商売も世代も、人も変わる。中野北口新仲見世商店会の歴史を通じて、「他人」の象徴であったワールド会館。いまは住人との付き合いもなく、話すことも避けられてしまった。だが、韓国人学生たちに写真撮影を頼むとあまりに快諾するので、撮っているうちに私はだんだん恥しくなった。手早く集合写真を取り終えて、寮の管理人と名載る女性に名刺を渡して立ち去ろうとするとみんなに、「バイバーイ」と手を振られた。
※この記事は、08年前期のJ-School講義「ニューズルームH」において、刀祢館正明先生の指導のもとに作成しました。