午前9時、広尾商店街の朝はにぎやかだ。毎月恒例の朝市が今日も始まった。今月の特売品はL級のスイカ1玉1260円。スイカ売り場は200メートルもない商店街の真ん中に設けられた。客は早朝から行列を作ったり、生花、鮮魚、総菜などの露店で物色したりと様々だ。販売者と客との弾んだやりとりがあちこちに見られる。今日はどんな会話が繰り広げられているのだろうか。
「スイカを三つも買ったのよ。まだお店がどこも開いていない朝の8時に来たの。用がなくても安いから、ついつい何か買って帰ってしまう」。
地元の広尾に住む主婦(60)は嬉しそうに話した。東京・恵比寿の主婦、長瀬さん(70)は、「総菜はおいしい。月に1度は必ず朝市に来ている。」という。それぞれがそれぞれに楽しんでいる。
来月の特売品は茹でとうもろこしの予定だ。特売品の中でも反応が良かったマグロは、毎年5月に「マグロ祭り」としてイベント化されるようになった。築地から仕入れたマグロの解体を披露し、その場で調理・販売を行なう。老若男女、見て食べて楽しめる祭りだ。
朝市の歴史は商店街が誕生した昭和23年(1948年)にさかのぼる。月例の特売日が設けられた。それが定例の朝市に発展したのは、昭和52年の5月の第3日曜日から。当時は恵比寿や白金など近隣の商店街との競争があったそうだ。第1回目の朝市には30店舗が出店し、多くのお客さんでにぎわった。以来、真冬の2月と盛夏の8月、5月のマグロ祭りを除く毎月の第3日曜、午前9時から10時までの1時間、朝市が恒例行事となった。
「多いときは1000人以上来ることもあった。八百屋が3軒くらい出店していたし、肉屋や魚屋も数軒あり、競合が激しかった」と、広尾商店街振興組合理事の秋山洋裕さん(64)は振り返る。茶舗を営む星野英夫さん(69)は「地域の方はもちろん、遠方の方も買いに来ていて、とてもにぎやかだった」と言う。
しかし、そんな朝市も年々規模が縮小している。盛況時に30あった出店数は、現在は12、3程度になった。最高でも15店だ。来客数も減少傾向にあり、常連の高齢化が進む一方、若者の姿はあまり見られない。「商店街活性化のために立ち上げたのに」と秋山さんは嘆く。花屋を営む桜井徳忠さん(64)は、かつては朝市に出店していたが、今はややめてしまった。「朝市に来るお客さんは限られている。うちのお得意さんは来ない。(朝市の開催される)日曜は店員が休みだから、妻と2人でやっているため、余裕もない」と話す。洋服店店長の森崎智巳さん(31)に出店しない理由を聞くと「100円の野菜が並んでいる中に5000円の洋服があったって誰も買わない。服に食べ物の臭いがつくのも困るし、たくさんの人に触られるとよごれてしまう」と話した。和菓子屋店長の山口めぐみさん(25)も、「暑い所で生ものは扱えない。設備も人も整っていない店の現状では厳しい」と言う。朝市を通して地元の横のつながりができるという客の声や商店会振興組合の朝市を盛り上げたいという思いとは逆に、それぞれの店には切実な事情もある。
商店街の中には、出店数を増やすために外部からの参加を認めてはどうかという声もある。実際、神奈川県相模原市のパン屋が出店している。毎月パンを持ってきては、完売させて帰る。だが、地元の出店者と業種がかぶれば断らざるを得ない。商店街として、地元の商店を優先するのは大前提だ。
大型スーパーやコンビニエンスストアの出現により、一つの店で全てのものが買えるようになった今、個人商店の経営は厳しい。広尾商店街も例外ではなく、150店舗のうち60年前から営業を続けるのは1割程度だという。店をやめた人の中にはビルのオーナーに転じたり、土地を売り払ったりする人もいるそうだ。古くから残る店にとっても、朝市どころではないといったところかもしれない。